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奥寺から香川まで ブンデスリーガ公式サイトで日本人特集①

本日、9月8日、ブンデスリーガ公式サイトで、日本人選手に関する特集が組まれていました。なかなか良くまとめられていたので翻訳してみました。長いので2回に分けます。

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奥寺から香川まで

ケルン-遠い東からのサッカー選手の輸出がドイツサッカー界でかつてないほどのブームとなっている。今現在12人の選手がブンデスリーガでプレイしており、その数はスイス、オーストリア、ブラジルについて4番目に高い数字である。かつては彼らは異国人扱いだった。(訳注 遠いところから来たエキゾチックな存在。)


 1997年夏にクラブが、かの奥寺康彦を紹介したとき、ケルンでの驚きはなかなか大きなものだった。このアマチュアは、古川電工のチームから、ライン川沿いの野心に満ちたケルンに移籍し、ブンデスリーガでの最初の日本人となった。

 
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最初は憫笑の対象、その後ダブルを獲得

 この奥寺は最初に移籍してきた頃は見物人に笑われていたが、後にレギュラーに定着した。“彼はとてもスタミナがあるんだ。”と監督のヘネス・ヴァイスヴァイラーが彼の新選手を褒めた。最初のシーズンですぐにこの日本人は雄ヤギ(ケルンのシンボル)達と共にリーグ優勝と、ポカール(カップ)優勝のダブルを達成した。

ケルンとそれから80年代に移籍したブレーメンにおいて、主に左サイドで誇れる234試合に出場し、26得点を挙げた。

 奥寺の移籍に感銘を受け、アルミナ・ビーレフェルト(ビーレフェルト市のサッカーチーム)が極東の地に目を凝らし、1983年にとうとう二人目の日本人となる尾崎 加寿夫を獲得した。このフォワードは62試合に出場し9得点した。しかしながら、この後徐々にこうした動きは静かな物へとなり、長い間この外国人部隊がいないままブンデスリーガでの時が流れた。

 道を切り開いた高原

 こうした流れを再び戻したのが、2003年に日本サッカーでMVPかつゴールマシンである高原 直泰だった。彼は、割と最初からアジアでも商業的な成功を収めたいと思っていたハンブルガーSVとの契約にサインした。トレーニングだけでも大体50人の日本人記者たちとカメラチームが遠い東からやってきた。

 彼のすごい確率での得点力は、ブンデスリーガでは発揮されることはなかったが、それでも彼はハンブルクとフランクフルトにおいて135試合に出場し、25ゴールを挙げ、彼の故郷のメディアから常に大きな関心を集めていた。

 そして、高原は今では、その後のフランクフルトの稲本潤一やボーフムの小野伸二、そして日本代表でもキープレイヤーとなるヴォルフスブルクでの長谷部誠へと続く道を切り開くものとなったのだ。




後半はスーパースター香川という題で続きます。日本人が今ではブラジルに次いで4番目に多いというのは初めて知りました。来週の試合が待ち遠しいですね。

 

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[ 2014/09/09 06:14 ] ブンデス日本人特集 | TB(-) | CM(0)
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