【SGE4EVER】
鎌田:“日本ではミスを認めます”
今から3年前の夏、当時20歳だった鎌田大地はサガン鳥栖からフランクフルトに移籍してきた。移籍した最初のシーズン、彼はポカール優勝を祝う事が出来たが、出場できたのは公式戦でたった4試合だけだ。その後ベルギーのトロイデンにローン移籍したが、そこで36試合に出場し16ゴール9アシストを記録し、再びフランクフルトに戻っている。
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彼はフランクフルター・アルゲマイネ新聞においてドイツでの生活や日本との違いについて語っている。
カルチャーショックフランクフルトは鎌田にとって初の外国でのクラブとなった。しかし彼にとっては、この移籍でナーバスになる必要はなかったようだ。
“僕の大きな目標は常にヨーロッパでプレーする事でしたからね。だからポジティブな興奮でしたよ。”と彼は語る。しかしこの日本人には、予想されていた言葉の問題以外に、ドイツに来てからカルチャーショックがあったようだ。
“ミスに対する対処の仕方に混乱しましたね。日本ではスポーツにおいてミスをしたら、それを認めてチームに謝りますし、次はもっと良くすると話します。しかしドイツではそうではありませんでした。最初、それが僕にブレーキをかけましたね。自分のミスは自分で責任を取ろうとしましたが、他の選手のミスについても同じことをしようとしました。”と鎌田は語る。
鎌田は現在完全なるレギュラーに定着し、チームメートの信頼を集めている。そのため多くの事がより簡単になったようだ。また日本のサッカー界のヒーロー、長谷部誠のサポートも彼のスタートを助けている。
“彼がいることは本当に良かったですし、助かりました。だけど誠が24時間僕の面倒を見たというわけではありません。彼は必要な時だけ助けてくれました。”第2の故郷フランクフルトで最も多くアシストを決めている鎌田が羨ましいのが、多くの選手がドイツ語以外に英語も話せることだ。一方でドイツでの争い方はあまり気に入らないようだ。
“日本では誰かを怒らせたら謝りますし、最初は一歩引いて、攻撃的にならないように対処しますね。”と彼は語る。それでも今ではフランクフルトが彼にとってホームとなっているようだ。
“将来どこで暮らしたいか、と聞かれたら今は日本と答えますね。でもアウェーからフランクフルトに戻ってくると、家に戻ってきたという感じがしますよ。”と彼は語る。
それではスポーツ面に戻ろう。鎌田は自身をもって目標を語る。
“僕は特別に優れたドリブラーではありません。それには遅すぎますからね。”とこの23歳は自分を分析する。
“僕は自分をネイマールやメッシ、ムバッペのように、試合を一人で決められるスーパースターだとは思っていません。輝くためにはチームメートが必要です。”と彼は続ける。
チーム内では彼はフィリップ・コスティチを驚きの眼差しで見る。
“彼が90分走り続ける様子、そして一試合でどれだけ多くのアクションを起こす様子といったら!!”と彼は語るが、自分の長所、そして短所も分かっている。
“僕には常にフィジカルが足りませんでした。僕は一番速いわけでもないですし、コスティチのように見えることはないですね。それは前から分かっていました。なので、フィールド上で、相手にすぐに対処されない場所を探しています。”とこの中盤は相手ライン間でフリーのスペースを見つけると言う自身の素晴らしい能力について語っている。
鎌田は現在、サッカー界のヴィルトゥオーゾへと成長中だが、多くのそうした選手は、ファンから、時々やる気がなさそうに見えると批判されてきた。この日本人はそうした意見には興味がないようだ。
“僕は日本でもやる気がないんじゃないかと言われました。でもはっきり約束しますが、僕は集中しているんです。長谷部誠は、僕にもっとジェスチャーを改善するように言いました。でも見た目を良くするために意味のない動きをすることは小さな嘘をついているみたいです。ベルギーでは、対戦相手を交わして冷静にゴールする様子が褒められたんですが・・。”と鎌田は語る。
鎌田の活躍はデータも証明されている。鎌田はアシストのデータ(expected Asists)の数値においてはヨーロッパのトップ10に入っているのだ。彼はこれからもそこに留まるつもりだ。
“チャンピオンズリーグで優勝するのは子供のころからの夢でした。”と彼はかがるが、できればアイントラハトで達成してもらいたい。
以上です。
鎌田選手のインタビューが紹介されていました。ドイツ人はミスを認めないですから、ミスをしたぐらいで自分から謝ってしまうと、相手から下にみられてしまう可能性がありますね。
鎌田選手はドルトムント戦でもゴールしましたが、この調子を続けて欲しいですね。